よーじ通信

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沖縄移住して3年経った僕が思うこと

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「沖縄に住んでます」って言うと必ず「いいなぁ沖縄」「なんで沖縄に住もうと思ったの?」って言われます。

沖縄に住むには何か特別なモノが必要なのだろうか?

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沖縄移住を経験してみて思ったこと

僕はマイルドヤンキーだった

僕は、沖縄移住者の中でも「沖縄になんて来とうなかった!」というタイプの珍しい人間です。沖縄に移住したくなかったのではなく、地元を離れたくなかったのです。

僕が思っている以上に沖縄移住に憧れを抱いている人はたくさんいて「沖縄に住んでいます」と言うと羨ましがられます。

何がそんなにいいのか僕には全くわかりませんが、とにかく沖縄移住というのは、夢のような話だそうです。

僕は沖縄に来てから、常に「地元に帰りたい」と思っています。それは、沖縄に問題がある訳ではなく、地元から離れた田舎者がビビっているだけの話です。

要するに、僕はマイルドヤンキーなわけですね。ヤンキーだった覚えはありませんが。

 

僕にとっては、東京移住とは言わないのに、なんで沖縄だけ移住と言うのか不思議でなりません。正直、ただの引っ越しです。

東日本というよりはほぼ北国から、西日本というよりはほぼ南国への引っ越しです。

環境 言葉 文化 風習 習慣 気温 食べ物 何もかもが違う土地への引っ越し。

唯一変わらないのは、スターバックスには必ずMacや参考書を開いている人が大量にいることくらいですね。

何故沖縄に移住したのか

そんな僕が、なぜ沖縄に移住したかといえば、そこに仕事があったから。たったコレだけの理由です。

第二新卒の頃は、就職難と言われた次の世代でしたから、そこまで就職に困ることもなく、転職をしまくっていても、仕事を選ぶ余裕がありました。

しかし、沖縄への移住を決めた頃というのは、民主党政権の余波や東北大震災後の余波など日本が全体的に低迷していた時期でもありました。物心ついてから低迷してない時なんかないんですけども。「仕事がない」ということを痛烈に感じました。

そこで僕は、人生で一度くらいは県外で生活するという経験があった方が視野が広がるんじゃないか、という思いもあり県外での就職を視野に入れたのです。

それまで一度も新潟県を出て生活したことはありませんでした。

転職活動中に仕事が見つかったのが、沖縄だった、ただそれだけのことなのです。

同じ日本ですし、ダメなら戻ればいいと思っていましたから、海外に比べて危険性もハードルも低いと考えていました。

新潟市は一応、政令指定都市なんだけど

僕が住んでいた新潟市は、平成の大合併の折なんとか人口を増やし、日本海側初の政令指定都市となりました。今は約81万人ほどいます。

ちなみに那覇市の人口は約31万人です。

僕の地元は、合併前から新潟市である、生粋の新潟市です。ですが、新潟市の端っこでベットタウンというより、田んぼタウンです。

そんな田んぼたちも近年では、大型ショッピングモールに成り代わり、僕ら世代が地元に戻って親と一緒に住みながら、もしくは実家の近所に家を建てて子育てをしています。

このご時世に、二キロ圏内に新しい小学校ができるという話まであって、晩婚化?少子化?嘘なんじゃないか?と思うほどに新築の建売住宅はすぐに埋まっていきます。

いわゆるマイルドヤンキーがたくさんいます。安い中古の車に乗って、休みの日には大型ショッピングモールに行き、地元に家を建てて、子供たちは自分の通った小学校へと進学していく。大学進学率は高く、関東に出た人も多いのになぜかほとんどが戻って来て地元で暮らしています。

住めば都?

そんな田舎から沖縄に引っ越してきた僕は、どうも沖縄の生活に馴染めませんでした。帰属意識と言いましょうか、所属欲求と言いましょうか。

僕はやはり何年ここに住んでも、よそ者という意識が拭えないのです。共通認識を持つことができない。

沖縄の人は移住して来る人に冷たいという話もよく聞きますが、実際はそんなことは全くありません。誰もが歓迎してくれますし、ないちゃー(沖縄県外の人)はレベルが高いという思い込みがあるようで、仕事では重宝されます。「君はいつか帰るだろう?」という目では見られていますが。

僕はここで生まれ育った訳ではないですから、息をするように基地反対とは思えないし、ソウルフードが難解すぎる。

けれど、原発反対は息をするように思えるし、みかづきのイタリアンは最高のB級グルメだと思う。

当たり前を当たり前と感じることができないというのは、そこで暮らしていく中で、思っている以上に疎外感があるのだと感じています。

おそらく東京でそれが起きないのは、東京そのものがそういう人間の集まりなところがあるからではないでしょうか。

田舎という場所で育ち、田舎に移住すると、その田舎にはやはりマイルドヤンキーがいて、縄張りがあるわけです。実際にはないんですが、その一員ではないと感じるということです。みんなが持っている共通認識がないことに起因するように思います。

僕にはアダンの実を投げて遊んだ記憶も、手榴弾を投げて遊んだ記憶も、まだお土産屋の並んでいなかった国際通りに自転車で遊びに行って、パチモノを買った記憶もありません。

僕にあるのは、ヤマブドウの実で白いシャツを汚してしこたま怒られた記憶とか、古町まで自転車で行って黒人のお店でダボッダボのパーカーを買った記憶とか、高校を抜け出して海に行ってウニを捕った記憶しかありません。

そんなものは必要なく、今を生きながら関係を築いていける人には意味が分からないことでしょうが、僕にとっては重要なことだったらしい。

仕事の付き合いではなく、友達としての付き合いのなかで、共通点があれば誰だろうと仲良くなれるという訳ではありません。それでも、何一つ共通点がない上で関係を作っていくのは難しいことだと感じました。

それでも沖縄は良いところだった

僕はそもそも、人と関係を築く気もないし、これといって趣味もなく、休みの日は部屋に篭ってインターネットに潜っているのが楽しくて仕方がないタイプの、わかりやすく言えばネガティブな引きこもり気質ですから、陽気な南国でどう楽しんで良いのかわからないわけです。

よそ者である僕に良くしてくれる人たちはたくさんいるし、僕が新潟出身だということで、新潟に興味を持ってくれる人も居ました。

僕のために、ナイチャーでも食べやすいであろう沖縄料理を紹介してくれたり、美味しいお店をたくさんリサーチしてくれた人も居ました。

北国の人間からしたら年中暖かく、曇天なのに明るいから気が滅入ることはないし、日が長いからアフター5が長く感じる。

沖縄にはいいところがたくさんあります。

沖縄にきてわかった地元愛

外に出たからこそ、自分が思っている以上に地元が好きで、地元の人間が好きなんだと思いました。特にこれといって良いところがあるわけではないです、所詮田舎ですし。でもその田舎が好きだった。

なにかやるなら地元でやりたいし、自分の地元でできることを見つけた方が、自分が社会に所属しているという実感が湧く気がしています。

僕はヤンキーではないけれど、地元に帰属意識の高い人間なのだということを知りました。

沖縄は暖かいし、独特だけれど美味しい食べ物もあるし、人も暖かい。

今日までの歴史の中で培った柔軟さや許容力があり、日本社会のなかで特殊な環境にあるからこそ独自の特化した社会作りができると、可能性を感じています。

おわり:沖縄移住の前にお引っ越しをオススメします

沖縄には年間3万人が転入し、3万人が転出すると言われています。実は、これ新潟も大して変わらないのです。

一人で移住してくるのなら、仕事さえあればいくらでも生活していけます。家族で、となると一人身にはわからない苦労が色々あると思いますからなんとも言えませんが。

できるだけ若い時期に、三年くらい冒険にでるくらいの軽い感じで引越ししてくると楽しめるかもしれませんね。

沖縄では、見たことないもの、聞いたことないこと、触ったことのないもの、いろんな初めてに触れる事ができます。

僕は、沖縄に来て、いい経験がたくさんできたと思います。仕事で基地の中に入ったし、沖縄では学校で習う陸上戦の様子を知る事ができたし、今まで深くは考えたことのなかった終戦後の沖縄に起きた空白の一年間について知ることができました。

個人的には、冬に長期休暇をとって、休憩しに来たいと思っています。

沖縄は、日本の一地方であるということは忘れずにいれば、沖縄が特別、桃源郷なわけではないということがわかるでしょうか。

日本中、どこだって素敵な場所はあって、どこも住めば都になるだろうし、それを決めるのはあなた自身です。

以上、沖縄に移住して3年経った僕が思うことでした。

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