よーじ通信

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低学歴が学歴コンプレックスを持つ本当の理由と克服方法をFラン大卒が解説する

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あなたは「いい高校に入って、いい大学に入って、いい会社に入ったら、将来安泰なんだから。いい学校に入りなさい」と言われて育ちましたか?

それとも「学歴なんか関係ない。これからは生き抜く力だ」と言われて育ちましたか?

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低学歴が学歴コンプをこじらせる本当の理由

 

僕は、勉強ができない

僕は、Fラン大卒です。「2ちゃんねる調べ」ではなく、正真正銘由緒正しきFラン大学です。Fランというのは、河合塾が偏差値をつけることができない大学としてFランクに分類したことから生まれたネットスラングの一種です。

僕はそんな大学にAO入試で入りました。試しに模試を受けたら偏差値63、A判定でした。偏差値がなんなのかわからなかった僕は「まぁ受かるならここでいいや」とその大学を受けることにしました。

僕が卒業した大学で必要な学力は、おそらく高校時代までで習ったうちの日本語の読み書きの能力くらいだと思います。あと中学生程度の英語力。

大学でSを取るには、学歴よりも「ある能力」が必要でした。
同級生には、めちゃくちゃ優秀な高校からきた人から、勉強が得意ではない人まで、様々な人種が揃っていました。しかし、どんなに勉強ができても、Sがとれるとは限りません。一方、日本地図が正しく書けなくてもSはとれます。

まぁ、勉強できる人は要領がいいので、そこまでひどい成績にはなりませんが。

 

Fラン大学の実態

Fラン大学と聞いて、どんな大学をイメージしますか?

犯罪者だらけ?成立しない講義?飲んでヤってるだけのサークル?

僕が卒業した大学は、どちらかと言えばその対極にいるような学生ばかりでした。

彼らをウェーイリア充系というなら、僕らの大学の学生は「ヲタク」か「マニア」によって構成されている大学です。

エグザイルとジャニーズの違いはよくわからないけれど、声優の名前と顔とキャラは一致する、とか。そういうのは基本で、もう全く知る由もない世界のマニアたちばかりでした。

僕はその3分の1もわかりませんでした。高校時代まで変人を自負していた僕の自尊心はカスのように消えてなくなったのです。彼らの会話に一切ついていけません。

ただ、よかった所はみんなが一斉に大学デビューを果たそうとして、みんなで諦めるので浮かないところですね。

すごく、平和な世界でした。

 

学歴コンプをこじらせたきっかけ

そんな平和な大学時代を過ごしていたので、学歴などというものとはほど遠い世界にいました。

僕が学歴コンプをこじらせたのは、何を隠そう2ちゃんねるの影響です。きっと2ちゃんねるを知らなければ、学歴コンプにはならなかっただろうと思います。

 

僕は2ちゃんねるの影響ですが本質的に、学歴コンプをこじらせる要素を持ってたからこそ、影響されたのでしょう。

では、低学歴が持っている学歴コンプレックスをこじらせる要素とはなんでしょうか?

 

大学受験という名の成功体験

大学受験というのは、10代で誰もが経験することのできる唯一と言っても過言ではない成功体験です。もちろん甲子園優勝やオリンピック出場など、他にも特異な成功体験は存在しています。

しかし、センター試験は選ばれた人間だけが受けることのできる試験ではありません。高校卒業(見込み)資格さえあれば、お金を払うだけで受けられる試験です。

国立大学に入学する生徒は、(僕が現役の頃)5教科9科目の試験を突破しなければなりません。国立大学に入学したことのある人は「そんなことw」と思うかもしれませんが、人生においてこれ以上の過酷な試験はないと思います。

医者や弁護士だって!と思うかもしれませんが、医者や弁護士になる人はこの過酷なセンター試験をかいくぐってそこにいますから。

僕も一応、国家資格を持っていますが、ほぼ暗記だけで突破できる試験ですから、センターよりも遥かに楽です。

 

成功体験の欠如

残念なことに大抵の低学歴は、この試験を突破していません。

突破していない高学歴の方もいるかもしれませんね。しかし、高学歴、すなわち社会が認めるブランド力のある大学に、過酷な試験をせずに入学したという自負が生まれます。

 

高学歴は大学受験を突破することによって、自分の中で努力したことが報われたという自信が生まれます。また、努力の仕方も知っています。自分の中には成功体験があるので、容易に成功した自分を思い描くことができます。

しかし、高学歴と違って低学歴はこの成功体験を一切もっていません。すると、その後の人生において困難なことにチャレンジするようなターニングポイントが「実際」には起こりえません。

実際には、大した困難ではないにも関わらず、低学歴には誰もがヒョイっと進んでいくハードルが高くそびえ立つ壁に見えます。

そんな高い壁を超えたことがないので、壁の超え方を知りません。今まで平坦な道で石ころをよけながら歩いてきたのですから。

 

俺とお前の違いは、学歴

同じように生きてきたお前と俺の大きな違いは何だろう?と壁に囲われた中で焦る低学歴は考えます。視程10mの中で。必死に考えます。どこで差がついた?違いはなんだ?そこで思い当たるのです。進学した大学の違いに。

そうだ、あいつは高学歴だ。俺は名もないFラン大学だった、と。

だからきっと、高学歴だったなら俺はこんな苦労しなくて済んだのだ。全部学歴が悪い。高学歴になりたい。高学歴こそ至高。それ以外は全部ゴミ。

こうやって、学歴コンプをこじらせた学歴厨が誕生します。

 

抜本的に見直さなければならないのは、学歴じゃない

 高学歴の方なら、当然お分かりのことかと思います。本当に大事なのは、学歴ではなくその学歴を手に入れたプロセスだということを。

低学歴は、誰もが持つことのできた成功体験である大学受験突破を経験しないまま、社会に出ることになります。そうすると、低学歴はそのまま、大したハードルを超えることもなくステージを進んでいく道しか用意されていません。

それ故に、ちょっと飛べば済むようなハードルですらなかなか出会いません。ですから、突然目の前に大きな段差が現れたときパニックになります。足をあげればいいということを知りません。いつも歩いている足のあげ方では足りないということに全く気づくことができないのです。

そうして低学歴は、小さなハードルですらない、5cmの段差で躓くのです。

高学歴の方には、信じられないかもしれません。

しかし、こんな単純な話なんです。

 

こじれた学歴コンプを克服するたった一つの方法

間違っても、30過ぎてからの東大受験でも、医学部編入でもありません。

低学歴でもできる学歴コンプを克服する方法は、小さなハードルの超え方を知ることです。

低学歴は、小さなハードルも大きなハードルも皆一様に飛び越えることのできないハードルとしてしか認識できていません。 

だから、成功体験を持っている人間でさえ飛び越えることが困難であろう高さのハードルを、何の脈略もなく設定します。そして玉砕します。その繰り返しで、自分はハードルを飛び越えることなどできないと思い込みます。

まず、自分の飛び越えられるハードルの高さを知るべきです。

ほんの些細なちいさなちいさなことから挑戦してみましょう。

例えば、玄関で脱いだ靴を揃える。そんなことでもかまいません。

それを四日間、続けてください。たいていの人は三日やったら飽きるようにできています。単調でつまらないし、それをやっている意味が分からなくなり、メリットを感じられないからです。四日間継続できたらあなたは一つハードルを飛び越えたことになります。

何をしても褒められる幼児と違って、そんなことで大人は褒められないからくだらないと思うかもしれません。

もっと高いハードルを飛び越えたいと思うかもしれません。

この程度のハードルなら自分でも飛び越えられるんだと、知ることができたわけですから、徐々にハードルを上げればいいのです。

どこからが飛び越えられないハードルなのかも知らずに挑戦し、砕け散ってきた結果が今なのです。

一歩一歩丁寧にいきましょう。

まだ、間に合います。

 

小さな成功をいくら積み重ねても大きなことは成し得えない

チリも積もれば山となると言いますが、チリがどんなに積もっても所詮ゴミの山です。

大きな、いえ、せめて人並みの成功を収められるようになるには、その大きさの成功体験が必要です。

失敗の繰り返しの先に、成功があると言いますが、嘘です。失敗をどんなに繰り返しても、その先には失敗しかありません。

成功を知らない人間は、成功がわかりませんから、失敗なんて繰り返してもゴミの山ができるだけです。

玄関で靴をそろえる、それは3歳児の成功体験です。

たいていの大人は、玄関で靴を揃えることができます。やらないだけです。やらない、即ち避けているのです。それが低学歴が成功体験を得ることのできない大きな要因です。

できることを実行し、その領域を大きくしていくこと。

それこそが、低学歴が学歴コンプを克服するたったひとつの方法なのです。

 

まとめ:学歴なんて関係ないよって言ってみたい

低学歴が言ってたら、めっちゃ痛い台詞第一位です。この台詞は、成功をおさめた人にのみ言うことが許されるものです。

高学歴というのは、努力をして結果を出した人ですからね。

世の中、学歴だけじゃないことは確かだし、学歴が社会を生き抜くフリーパスでも何でもないのも確かです。東大生だって就職できない時代ですし。

でも、その努力をしてきたこと、それは何にも代え難い貴重な財産だと思います。

 

そもそも学歴コンプレックスを持つような人は、小さな成功体験の積み重ねをやりません。

なぜなら、プライドだけは高いから。だから失敗したくないし、ダサいことはしたくない。小さな挑戦さえしようとしない。

その結果、何も成し得ないまま、大した人間じゃない自分の評価だけは過大になり、中身はすっからかん、という状態が出来上がります。

周りが当たり前にやってきた小さな成功体験の積み重ねを持っていないのに、一発逆転を狙いたがるんですよ。

 

 低学歴は持ち駒が何もない。だから「持っている」人が羨ましい。素直じゃないから、羨ましいとは言えない。ずるい、と妬む。

そうやって結局、それを手にいようとするのではなく、手にしている人間を陥れる。そんなことをしても手に入らないのに。

 

向かいのホーム、路地裏の窓、そんなところに学歴はあるはずもないのに。

ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん。

 

おまけ:センター試験・大学入試で失敗してしまった君へ

センター試験を受けたことのない僕が言うのは、説得力がないかもしれない。代わりにセンター試験で失敗した経験がある先輩たちの言葉を借りるとしよう。

「センター試験に失敗したくらいじゃ、人生は終わらない」

センター試験や二次試験に失敗してしまい、「人生オワタ\(^o^)/」と思っていたり、絶望のどん底にいる君に話したいことがある。

人は「挫折経験のない者」と「挫折経験のある者」の二種類に分けることができる。君は幸運にも「挫折経験のある者」に選ばれた。

持ってる者、持っていない者、どちらが勝者だろうか?

「お金を持っている者」「お金を持っていない者」

「仕事を持っている者」「仕事を持っていない者」

「恋人を持っている者」「恋人を持っていない者」

社会の勝者は「持っている者」なのだ。

つまり、君は「成功体験を持っていない者」かもしれないが「挫折経験を持っている者」になったのだ。

ここからサクセスストーリーは紡ぎ出される。

成功体験しか持たざる者のストーリーにドラマがあるだろうか?答えは明白だ。いつだって、負けから這い上がった者が勝者なのだ。

更生したイジメっ子、真面目になった不良、痩せたデブ、タバコをやめた非喫煙者。

マイナスがプラスになったとき、ヒーロになるのだ。

君は「成功体験」を手にした一見勝ち組に見える彼らとは全く違うサクセスストリーの勝者になり得るチャンスを今、手にしている。

センターを成功体験に変えてしまった者は、失敗からの成功ストリーを描くチャンスを一つ失ったのだ。君は、勝ち組になるチャンスを手に入れた「持っている者」なのだ。

フラグはビンビンに立っている。このフラグをへし折るか、回収するかは、君の最後のひと踏ん張り次第だ。

もしもこの先、Fラン大学にしか進学するしか道が残されていなくても、悲観する必要は全くない。Fラン大学は、知名度がない分学生集めに必死である。その為、ネームバリュー以外に付けられる価値を惜しげもなく振る舞ってくれる。

大学を選ぶときは教授の出身大学を確認することが重要だ。学生の質などというものは、国立大学だろうがFランだろうが大きくは変わらない。Fランからの一発逆転を狙うためには周りの学生を差し置いて有意義な勉強ができるかどうかだ。それには在籍している教授の質が問われる。どうせどこに行っても同じFランならば、教授の出身大学を確認しよう。

それからもう一つ。近くに偏差値55以上の大学がある環境を選ぼう。もしも学校で友達ができなくとも、バイト先で友達を作ればいい。そこで友達ができないのは、君がコミュ障だからではない。根本的に合わない人間の集団というのは必ず存在する。同じ環境で生まれ育ってきた人間が揃う高校時代とは違い、全く違う環境で生まれ育ってきた人間が集まっているのが大学だ。類友を見つけるのはなかなか骨の折れることだろう。気にするな。友達なんてどこで作ったって構わないのだから。その人間関係は、サクセスストーリーの良いスパイスになることだろう。

 

最後に最も大事なこと。努力するのに場所は関係ない

 

君の幸運を祈る。今すぐブラウザを閉じて勉強しろ。

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